#399「3.1914年大戦の少し前」から「2.タンゴ」

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#399「3.1914年大戦の少し前」から「2.タンゴ」

今回は「3-2.タンゴ」をお届けします。

 

 

 

3.1914年大戦の少し前
(Just Before the 1914 War)

 3-2.タンゴ

タンゴはブエノスアイレス近くの貧困層、特に、評判の悪かった街の一角、‘バリオ・デ・ラス・ラナス’から生まれたと言うのが定説になっています。その時は「立ち止まるダンス」の意味の‘バイル・コン・コルテ’として知られていました。女性は長いスカートをまとい、男性はガウチョの姿に拍車をつけたハイトップのブーツを履き、そうした動きにくい格好で踊ろうとした結果、後のタンゴに結びつく幾つかの動きが作り出されました。

 

街の伊達男達はこの踊りを見、自分たちの行きつけのカフェでそれを踊り始めたのです。そして信じられないほど素晴らしい二つの変更を加えたのでした。ひとつは、より幻想的な効果を求めハバネラの音楽を使い、もうひとつは、その踊りをタンゴと呼び、もはやバイル・コン・コルテではないことを示したのです。ブエノスアイレスでは長年の間、名声を持った人たちがタンゴを踊ることは決してありませんでした。

 

ヨーロッパの人々がタンゴの名前を初めて耳にしたのは、多分19世紀終わり頃のことでしょう。1900年を過ぎてから、アルゼンチンからきたアマチュアの人たちにより、パリでタンゴのショーが散発的に行なわれました。

 

タンゴを習いその大きな可能性に感心した人の中に、後のダンサーで、作曲家、作家、そして数々のダンス競技会を開催したカミール・デ・ライナル氏*がいました。

 

1907年、彼はアルゼンチンで見たタンゴを思い出し、それをロンドンのステージで紹介する努力が必要ではないかとジョージ・エドワーズ氏*に提案したところ、彼は直ちにミス・ガブリエル・レイを呼んだのです。当時彼女はミュージカル・コメディのシンガーとして、また、ダンサーとして人気の絶頂期にありました。ライナル氏は彼女と共にミュージカルの団長を訪れ、このアイディアを説明したのでした。全員がタンゴの大きな可能性は疑わなかったものの、すぐに、そのままの形ではとてもロンドンの観客の前に出すことはできないことに気づきました。

 

その年、ライナル氏はニースにあるインペリアル・カントリー・クラブを訪れ、少数のタンゴに熱狂している人たちを集めましたが、その中にはロシアのアナスターシ大公妃の姿も見られました。ただちに全員でタンゴの実験に取り掛かり、いかがわしく見える部分を刈り込み、ボールルームで踊れる形に仕上げたのです。ライナル氏はその年に選手権大会の開催までしたのでした。

 

この新しい踊りは直にパリに伝わり、しばらくの間本部を、モンマルトル地区フォンテーヌ街にあったラ・フェリア(後のゼリス)として知られたカフェに置いたこともありました。パリにおけるタンゴの動きがこのように迅速だったため、1909年に催されたエクセルシオール紙主催の大きなダンス競技会にはタンゴも加わり、マド・ミンティをパートナーとしたライナル氏が優勝を飾ったのでした。

 

タンゴが英国に入った経緯は良く知られていて、1911年2月にこの踊りの詳細が英国に伝えられましたが、実際に見られるようになったのは翌年の夏期休暇が終わってからになります。休暇をフランスのドーヴィルやディナール、その他のカジノの町で過ごし、そこでタンゴを見た人々がロンドンでも見たいと要求し始めたのです。そして人々は、タンゴ・ティー・パーティー*に熱狂したのでした。

 

ジョージ・グロースミス*はこの国で初めてタンゴを大いに喚起した人です。彼はフィリス・デアと1912年、ガイアティ劇場で行なわれたミュージカル、‘サンシャイン・ガール*’でタンゴを踊ったのでした。

 

グロースミスはリチャードソンに出した手紙の中でタンゴを踊るようになった経緯を伝え、‘レストラン・ダンス’の始まりとなる興味深い説明をしています。このように書いてありました。

 

「1911年冬の事。初めてのタンゴのレッスンをパリ、フェサンデリエ街のマダム・レズケの家で受けました。彼女は既に老いていましたが、まるで18才の少女のように踊ったのです。社交界のブームは実際には彼女が巻き起こし、タンゴはあっという間にパリで、後にロンドンで流行したのです。人々は、くつろぐべき自宅で、アルゼンチンの少年にピアノを弾かせ、客室でタンゴ・パーティーを開いたのでした。」

 

「カップルがレストランで踊り始めたのもこの頃です。思うに、私は早い段階で、女性を誘いテーブルの間で踊り始めた一人だと思います。見ていた人たちも私達に続いたのでした。レストランはこの新しい出来事を歓迎し(当時私はパリで上演中でした)、レストランの中央にちょっとしたスペースを作り始めたのです。ロンドンでこれを始めて行なったのはサボイ・ホテルでした。」

 

「ロンドンの舞台で最初にマシューシュ*を踊ったのも私だったと言えるでしょう。キティ・メゾンとパレス劇場で踊ったのです。ケーキ・ウォーク*はミス・フロリー・ウォードと「トレアドール」の中で、そしてツー・ステップはミス・ガーティー・ミラーと「アウワ・ミス・ギブス」のミュージカルで踊りました。」

 

1914年以前のタンゴは今日私達が知るタンゴとまるで違うものです。ハバネラの音楽で踊られていた他に、数え切れないほどのステップやフィガーがあったのです。二人の教師がいたら、同じことを教える事ができませんでしたし、踊りを規格化しようとする真剣な努力もありませんでした。同じフィガーでもスペイン語で呼ばれたりフランス語で呼ばれたりしていたため、更に混乱が増したのです。ある新聞記者が、一年中毎日、新しいタンゴのステップを見つけられると報道しても、そうした状況が改善されることはありませんでした。

 

女王の特別要求でモーリスとフローレンス・ウォルトンがメアリー女王の面前でタンゴを踊りました。1914年夏、ハムステッド州ケンウッドにおいて、ミハエル皇子により開かれたパーティーでのことでした。彼らが実際に使用したフィガーは、エル・パセオ(スロー・ウォーク)、ラ・マルチャ(より速いウォーク)、エル・コルテ、パセオ・コン・ゴルペ(ウォークと足踏み)、ラ・メディア・ルナ、ラ・ティヘラス(はさみ)、ラ・ルエダ(車輪)、それにエル・オチョ(数字の8)で、当時の一般的なフィガーでした。

 

今世紀始めの頃、粋な演奏プログラムの中にワルツ以外にあったのはツー・ステップ、ランサー、時としてバーン・ダンス、それにフィナーレとしてギャロップ*があるくらいで、ギャロップとバーン・ダンスはもはや寿命がきていましたし、ダンサー達もランサーへの興味を失いつつありました。しかし、そうしたダンスでも1914年までは狩猟舞踏会やプライベートな会員制ダンスパーティーでは踊られていました。アメリカではポルカやカドリールは続いていました。

 

1910年頃、ツー・ステップは消え去りワン・ステップが取り代わりましたが、一緒にジュディ・ウォーク、ターキー・トロット*、それにバニー・ハグ*などを連れてきました。しかし、シンコペーション*や、あの卓越した音楽、「アレキサンダー・ラグタイム・バンド」が登場したため、1912年はラグの時代となり、特に粋なダンスクラブでは最も人気の高い、ダンスとなりました。

 

ラグが台頭する前のことを知っておくのも面白いでしょう。それまでロンドンは常にパリの影響を受けていましたが、ラグが台頭してから第1次大戦後まではロンドンが先端を行き、ニューヨークが我々のダンスに影響を与えました。

 

 1914年初め、タンゴのブームが去るに連れ、一時の間、非常に動きが激しいマシューシュの時代がありました。読者の皆さんはこれとシーケンス・ダンスのマシーナと混同しないで下さい。

 

 タンゴもボストンも衰退したことと(ボストンの場合はヒップ・ツー・ヒップ・ポジションがクラブで踊るにはスペースを取りすぎたことについては既に触れました)ラグの支配は、ダンスを専門職にしている人たちに無益にも新しいダンスを捜すよう仕向けました。実を結ばない努力の結果として、奇妙なものが紹介されました。ファーラナ*(ローマ法王推薦と言われている)、ルルファド、ロウリロウリ、アルゼンチン・ポルカ(他のポルカに良く似ているが、それでも難しすぎた)、それに、当時‘単なる中国人のたわごと’と記述されていたタ・タオなどがそうです。

 

 そうしている間に、そして大戦勃発の少し前に、なんの前触れもなくアメリカからフォックストロットが入り込んできたのでした。

 

 

 

*印:「訳者のノート」参照 → #393 「モダン・ボールルーム・ダンシング」から「訳者のノート」

次回は #400「4.ジャズ」をお届けします。

 

ハッピー・ダンシング!

 

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