#403「6.1918年から初めての『世界』へ 2.フォックストロット」

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#403「6.1918年から初めての『世界』へ」

今回は「モダン・ボールルーム・ダンシング」から「6.1918年から初めての『世界』へ」の「2.フォックストロット」をお届けします。

 

 

 

6.1918年から初めての『世界』へ
(1918 to the First ‘Worlds’)

 

2.フォックストロット

1920年、フォックストロットの音楽のスピードは速まって行き、テンポは1分間に34から42小節でした。ランという、一拍毎ボールでステップする小さなステップはこの頃殆ど使われることはありませんでした。代わりに、シャッセで‘クロス・ビハインド(後ろにクロスする)’ステップが現れ、暫くの間スウェイをしました。暫くの、とはフェザー・ステップが登場するまでのことです。回転に関しては、ワルツのステップが多用されました。特にリバース・ターンでは。

 

この年はフォックストロットにとり、歴史的重要な年です。なぜならダンシング・タイムズが初回の非公式会議を開催したからです。約300名もの教師が出席したこの会議で、モーリスとレノラ・ヒューズが記念すべきデモンストレーションを行ないました。

 

ヨーロッパ大陸では教会とプレス新聞がモダン・ダンシングは下品だと激しい攻撃をしていましたが、それにはそれ相当の理由もありました。そうした事態がイギリスで起きないよう、非公式会議が招集されたのです。

 

教師達の同意:
特にディップや足を床高く上げるような異常なステップ、そして後ろから来る人の妨害となるサイド・ステップやポーズなど、これらをボールルームから根絶すべくベストを尽くします。

 

‘サイド・ステップ‘とは、その時流行り始めた‘シミー*’に変更を加えたもので、今後、このステップはLODに対し直角ではなく、45度の角度で使われる事が望ましいとされました。当時流行していたダンスそれぞれのベーシック・ステップを考察するための小委員会も設置されました。この小委員会は2回目の非公式会議にレポートを提出し、フォックストロットのベーシック・ステップは3種類であることを報告しました。それは、フォックストロット・ウォーク(2拍で1歩)、シャッセ、そしてスリー・ステップです。

 

1920年のこの年、フォックストロットのオープン競技会が開催され、当時全く無名だったカップル、ミス・ジョセフィン・ブラッドリーとミスター・G.K.アンダーソンにかなり素晴らしい賞が審査員から与えられました。二人が用いたステップは大変シンプルなもので、ウォーク、スリー・ステップ、クロス・ビハインドとサイド・ステップでした。サイド・ステップはLODに対し45度に使い、足をゆっくりドラッグし、チェンジ・オブ・ディレクションに良く似ていました。二人は第1回‘アイボリー・クロス全英選手権’でも引き続き成功を収めました。

 

この競技会が大成功裏に終わったため、‘アイボリー・クロス’は同じような大会を企画し、ロンドンと他の幾つかの州センターで予選を行い、最終戦なるものが行われたのは1921年12月9日のことです。これら3つの競技会の結果、今まで無名だったミス・ジョセフ・ブラッドリーがたちまちダンスの権威となり、その日以来、彼女はきわめて優秀なダンサーとしての地位を確保し、そして、モダン・ボールルーム技術における一流指導者の一人となったのでした。

 

私達は今、最初の大きな国内大会(デイリー・スケッチ社主催)が行なわれた時期に、そして、モダン技術が確かなものへと形作られた時期に近づきつつあります。

 

1921年には再び非公式会議が行なわれ、約300名の教師が集いました。席上、‘シミー’のステップについてかなり多くのことが論議されましたが、実際の結論は小委員会に一任され、その年の秋にレポートを提出するよう指示が行なわれました。輝かしい戦績を収めたミス・ブラッドリーのもとには、デモンストレーション(特にフォックストロットの)を依頼するかなりの数の依頼がきました。初めての事でした。

 

小委員会が10月に提出したレポート内容:
委員会はフォックストロットのベーシック・ステップは先年整理されたものと同じ、即ち、フォックストロット・ウォーク、シャッセとスリー・ステップを推奨する。これに、新しい競技会ではどこでも使われている、クロス・ビハインド、トドゥル・ムーブメント*(膝を柔らかく使う)、それに、通称‘シミー’と呼ばれていたステップを追加する。シミーではパートナー同士が少しLODに面したときに前方や後方へシャッセする形とし、肩は動かさない。

 

1922年に入り、デイリー・スケッチ社の競技会のせいもあり、フォックストロットが多少規格化されすぎた嫌いが見えました。前年に決められたルーティンから唯一逸脱したのは、クロス・ビハインドで徐々にドロップすることと、‘リズミック・ウォーク’が時折使われたことでした。このリズミック・ウォークは、当時アメリカで多少流行していた‘キャメル*’とか‘カレッジアット・ウォーク*’と呼ばれているものです。こうしたものが取り入れられた背景には幾つかの楽団、特にロンドンのウェスト・エンド*地域で活動していたアメリカの楽団に起因するのですが、彼らは公認された1分間に48小節より速いテンポで演奏をしており、クイックステップの登場がそこまで来ていました。

 

1922-3年におけるフォックストロットは、当時の表現では、パッシング・スリー・ステップ、両方向へのオープン・ターン、それにバックワード・ウェイブから成り立っていました。これにチェンジ・オブ・ディレクションも加えて良いかも知れません。

 

美しく、緩やかで滑らかなフォックストロットは第1次大戦の始まり以来、ボールルームを支配し絶頂期に達していましたが、それからは、一方ではブルースと、他方ではクイックステップと、その地位争いをしなければなりませんでした。ブルースにはタンゴと同じく断続的にライバルが出現しましたが、決して大きな進歩はしませんでした。その理由は、スロー・テンポの曲にはバランスと正確なフットワークが要求され、一般のダンサー達にその技術がなかったからです。

 

1922年3月になり、3種目オールラウンドのベスト・ダンサーを決めるこの国初めての大きな競技会が開かれました。3種目とは、ワルツ、フォックストロット、それにワン・ステップです。

 

この年後半、イギリスで世界選手権が初めて開催されました。主催者は、既に数年前から同様の催しをフランスで行なっていたライナル氏でした。選手権での種目はワルツ、フォックストロット、ワン・ステップ、それにタンゴです。出場者は2回、時には3回踊りました。選手権はアマチュア、プロフェッショナル、それに二つのミックスの3部門に分かれ、それぞれの部門での優勝者と2位、3位の者が共に世界選手権の決勝を踊りました。

 

 

 

 

ハッピー・ダンシング!

 

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